職場からの要求作り 

 

 

1.労働組合の「要求」とは 

 

 「要求」とは、一般的には「必要だとして強く求めること」です。しかしながら、労働組合における「要求」とはそれ以上の大きな意味を持ちます。

 そもそも労働組合自体が、組合員の利益を要求する団体です。つまり、要求することなしには労働組合の存在を確立することはできません。

 法的な性質もあります。労働組合として使用者側に要求して、それについて交渉し、妥結すれば「労働協約」となり、就業規則以上の扱いを得られます。

 他にも、労働安全衛生や危険作業などにおいて、あらかじめ労働組合からその改善点が要求されていた場合、事故の際に「労働者個人の自己責任」で済ますのではなく、危険を承知で改善しなかった使用者側の責任を追及できます。それは、通常の業務における度を超したノルマや顧客とのトラブルなどにおいても同様のことが言えます。

 労働組合の要求行為について、ともすれば、「権利ばかり主張する」と受け止めてしまう人も多いですが、それは一面的な見方です。

 

2.なぜ、職場からの要求に取り組むのか 

 

要求行動の大きな流れは、春闘(賃金闘争)~人員要求~職場改善要求 となります。春闘は民間の労働組合が、賃上げ要求を中心として、毎年春に行う全国的な共同闘争です。民間では春闘期の交渉で年間の一時金(ボーナス)まで決めてしまう場合もありますが、近年は「業績連動」とされ、夏と冬、それぞれ個別に交渉する労組も多くなっています。

こういった春闘期には、産別ごとに闘争基準・統一要求書が提示され、各組合におろされます。組合では、この統一要求書に沿って、使用者側との交渉に臨むことになるのですが、組合によっては「要求書は提出したが交渉はやったことがない」「今まで要求書すら提出したことがない」ということが多く見られます。

その理由は「こんな要求はうちの職場には合わない」「こんな要求は無理だ」といった内容と現場の実態とのギャップがあるからです。

組合員みずからが「自分たちの要求」として確立できる内容でなければ、リアルな要求とはなり得ず、労働組合活動の停滞を招くものになってしまいます。


3.職場からの要求は生きた事実から 

 

では、職場からの要求はどのようにして作ればよいのでしょうか。本部の方針、法律、組合役員の経験やたてまえ、などが要求の出発点ではないということです。それらに基づいた「法律違反が疑われるので要求しなければならない」「たぶんこの辺が妥協点であろう」「要求よりもレクレーションをしたほうが組合員はついてくる」といった判断だけで運動を進めていると、必ず行き詰ってしまいます。組合員からの信頼もなくなります。

組合員の実態を正しく、客観的につかむことが求められます。このなかから、労働者の切実な要求や願い、不平や不満を出してつかむことができます。

 

4.要求のまとめかた 

 

 そうはいっても、どうやったら具体的な要求項目をまとめていけばよいのでしょうか。

 

(1)まず基本的な方針です。

 

①簡単で分かりやすいもの

職場の仲間みんなが分かる内容でなければならないのはもちろんのこと、使用者側にも本意が伝わるよう、できるだけ簡潔に整理されなければなりません。いちいち詳しい説明が必要であるということは、問題が職場で討議されていない、ということでもあります。誰のための何の要求なのか、内容を分析して、最も重要な改善点をハッキリさせましょう。

 

②その職場・職種の仲間たちの多数の支持を受けるもの

特定の個人の都合では、職場からの支持を得られません。ただし「個人の問題を取り上げてはダメ」というわけではありません。問題としてあらわれているのは個人にとってだけれども、全体に波及するような問題である、こともありうるのです。

 

③解決方法を考えられること

文句だけ言って、「解決するのは使用者の責任だから、あとは知らん」では運動になりません。使用者側との交渉を建設的に進めるためにも、組合員から解決方法を示すことが必要です。職場において解決方法を討議することで組合員の自主性も作られますし、なにより、職場の実態に即した解決が望めます。

 

④狙いと根拠が明確に示されること

意外とあいまいにされることが多いのですが、要は客観的な説明ができる、ということです。何がどう問題で、それが解決されればどうなるのか、どのような好ましい影響が期待できるのか、ということです。「法律違反だから」ということではなく、現実にどうなのかを明らかにすることです。そうすることで、使用者側にも訴えやすくなりますし、組合員側でも要求を集約する際に、整理できるようになります。また、問題が大きな場合には地域や他業種の仲間の協力を得られることにつながります。

 

(2)要求の集約

流れとしては、①何について要求するか決める ②組合員からの声を聞く ③調査・検証し要求内容を整理する ④組合員全体で討議してまとめる ということになります。

 

①何について要求するのか

いきなり、そんなこと分からない、と言われるかも知れません。しかし、ここを整理しないと、何のためにするのか組合員にもこたえようがありません。ただ「要求を出してください」といわれても、曖昧だったり大雑把なものになってしまいます。まず、何についての要求をするのか、を決めましょう。

労組の年間スケジュールにしたがって、「賃金」「人員配置」という場合もありますが、他には、職場の状況を見ながら決めることです。例えば、自己都合退職が多かったり奇行する組合員が増えていれば「メンタルヘルスについて」ということになります。残業が多ければ、人員配置だけでなく、仕事のやり方や業務の内容について改善の余地があるでしょう。

なるべく、職場実態に即した具体的なものにしなければなりません。

 

②組合員の声を聞くこと

これが一番重要で不可欠なことです。組織のなかには、多くの職種・年齢などを異にする労働者がいて、実情の把握が困難です。各人の利己心・派閥・グループ・出身学校など雑多な関係が入り込み、事実を正しくつかむのは難しいことです。

組合員の声を聞くにはどうすればいいのでしょうか。大きく分けて2つあります。アンケートと集会です。それぞれ、メリットがあります。

 

アンケートなどによる個別聴取

アンケートは普段職場で言えない事が言えます。特にセクハラやパワハラなどについてはアンケートでしかつかめないことがあります。最近は個人情報保護意識が組合員のなかにも広まっているためか、匿名で取り組むことが多くなっています。たしかに場合によっては、郵送による完全秘密で行うことなども必要ですが、要求の内容によっては、職場や職種、年代、性別などを把握しなければならないことに留意しましょう。

 

職場集会など全体での聴取

職場集会などで声を聞く場合は、その要求が全体の要求に即しているのかどうかがわかり、全体化しやすいということになります。また、個人の都合による自分勝手な要求が出にくいので、要求が整理しやすくなります。

問題としては、中心となっている中堅層の意見が優先されやすいこと、声の大きな組合員の意見が優先されやすいこと、裏を返せば女性の意見が出されにくいことがあります。

 

実際には要求の内容に合わせて、それぞれを組み合わせて取り組むのが良いでしょう。また、重大な局面では、組合員の自宅訪問による聞き取りや家族への調査などもしなければなりません。面倒でも必要に応じてやらなければならず、誠意を持って取り組むことで、組合員からの信頼と組合活動に対する結集力が高まります。

 

③調査・検証し要求内容を整理する

まず、要求の出てきた原因や背景について調べる必要があります。時に組合員からの要求は表面的であったり、言いにくいために問題をすり代えている場合があります。なぜ、その要求が出されたのか、を検討することによって、もっと別の問題を改善する必要があったりします。特に特定の個人の性格を問題にしていたり人間関係の悪化が言われている場合には、注意が必要です。

次に、同業種や同規模事業所との比較です。組合員にとっても、使用者にとっても、同程度の事業所との比較による要求は説得力を持ちます。

さらに、組合員から出された要求が、関係する法律・規則に照らしてどうなのか見なければなりません。法律以下なら強く要求できることはもちろんですが、間接的に関係する法律を利用することも検討されるべきでしょう。例えば人員確保の要求を補強するために育児・介護休業を取得できる保障を併せて要求することです。その際にデータとして不足しているところがあれば補強します。

具体的な要求行動に取り組んでいくのに、通常の労使交渉でよいのかどうか、労使交渉の前に、その職場内で管理者と個別に話し合う必要はないのか、なども検討しなければなりません。

また、その要求の解決方法を検討しなくてはなりません。財政状況などに照らし合わせた場合に、組合員にとって別の不利益が出てくる場合もあります。労組にとって言いたくないことでもはっきりさせておかなければなりません。

 

④組合員全体で討議してまとめる

全員で集まるか、職場(分会)ごとに確認するか、やり方は色々です。出された要求が組合員のものであることの確認です。強い意見や一部の意見が全体の意見と即断され、解決方法と切り離された単なる願望の羅列が行動の出発点となるような危険をさける必要もあります。

せっかく組合員の声を聞いてまとめても、この過程を省略してしまうと、組合員からの不信感が高まります。間違っても「これは組合の方針に合致しない要求なので排除しよう」などとしてはいけません。

また、解決方法についても、交渉前に現場の組合員による討議と合意を得ておく必要があります。労使協議で合意された場合、労使双方に尊守する責任がありますので、現場の組合員が合意内容に従わなければなりません。もし、組合側から合意を反故にするようなことになれば、労使交渉そのものに悪影響を与えてしまいます。

この際に難しいのは、個々の組合員の実情をどの程度組み込めるかということです。全体の水準やどうしても守らなければならないことのために、一部に不都合が出る場合もあります。組合員が納得できるまで、丁寧な討議をしていきましょう。

ただ、全組合員の言い分を一人ひとり全部要求に反映しなければダメだ、ということではありません。全体のなかで弱い部分、合理化で争点になる職場などを重点的に取り組むことで、全体の底上げ・条件を守ることになります。独身者のこと、共働きの仲間、中高年、現業職場のことなど重点課題を決めて、取り組むことです。

 

⑤要求、交渉のあと

要求の取り組みは労使の交渉で終わりではありません。交渉の結果をきちんと書面にして労使双方で署名捺印します。これが「労働協約」です。公務員も今後、労働協約権が認められるようになり、労働基準法の適用範囲の拡大がされます。そうなれば、各職場ごとの労働協約が大きな意味を持ってきます。そのことも踏まえた場合、上からの「統一要求書」だけの取り組みでは不十分なのです。労働協約の基本は日々の職場からの具体的な要求作りと労使交渉の積み重ねです。

また、一連の取り組みを通じて、組合員や職場にどのような変化があったか、です。要求が実現された場合に何がどう変化し、組合員にとってどのような利益・不利益が生まれたのか、をつかむことで、次の要求につなげることができます。

さらに、組合員のなかで要求を支持しなかった者がいた場合はなぜなのか、関心はあったのか、ということの把握です。使用者側の対応についても、協力的な者はいたか、何か障害になる者がいなかったか、の分析です。

一番大切なことは、労組のなかに、職場の仲間たちの喜び、苦悩、生活や仕事の不平や不満、心情などが集約されたか、ということです。労働組合活動の原動力として必ず活きてきます。